立教池袋中学校・高等学校

在校生のみなさんへ

~110年の時代を超えて~
明治時代を生きた学生たちから平成を生きる君たちへのメッセージ

元校長 中島 博

1999年、夏休みに入り、私達は旧中学校校舎である12号館の礎石をはずしました。完成間近の中学校新校舎の正面「メモリアルゾーン」にその礎石を移すためです。

その日は、夏の特に暑い日でした。

この礎石を外した時、一つの衝撃が、私達教職員の上に走りました。下部の明治時代の礎石と上部の大正時代の礎石の中に、しっかり埋め込まれた二つの頑丈な箱が見つかったのです。中には、当時(110年前)と(79年前)の教職員の名簿や生徒一覧、文集、コイン、新聞など約50点前後の「宝物」が、タイムカプセルさながらに出現しました。私達は、それを冷房のきいた部屋のテーブルに大切に並べながら、息を飲んで見つめました。

立教中学校の最初の校舎は、明治・大正時代には築地にありました。六角塔の校舎で、築地界隈ではモダンで、当時の街のシンボルになっていたといわれています。その校舎が関東大震災で全焼していまいました。すべてが焼き尽くされ何も残りませんでしたが、その焼け野原の中にただ一つ遺った物がありました。それが、1894年竣工の六角塔校舎の「礎石」でした。

震災後1925年、立教中学校は池袋に新校舎を建てて移転をしました。その新校舎の礎石の下部に、築地時代の唯一の遺物「礎石」を組み合わせて定礎としたのでした。

その二つの組み合わされた礎石の中にタイムカプセルが入っていた!

多少の予感させる記述はあったものの、立教の歴史家の先生方さえも驚きを隠せなかったのです。

私も、それらの遺物の出現を眺めながら、衝撃の中でいろいろなことを思いました。

一つは、110年前と79年前の当時の教職員・生徒の「意気込み」ということでした。あの蓋を開けた時、あの匂いとともに、先人達の教育と学習に対する並々ならぬ意気込みが、一気にこの現代に噴出してきたように思えました。

そして今日のこの立教を、先人達が110年前から実際に応援に出てきてくださった! 現代の立教は、こんな長い歴史と伝統のうえに道が整えられ、応援・祝福され続けていたことを実感したのです。

110年前の教職員の意気込み、ー その時の意気込みに、私達現代の立教人は負けていないか。ー 私達は負けていないと、その先人達の熱いメッセージに応える者でありたいと思います。

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